2021/08/07 11:19


「しばらくは旅をしないの?」
そんなことを聞かれることが多くなった気がします。

それだけ他の人からすると僕が旅をしていた期間が長かったのかもしれません。
旅とうたえば、それまでだけど、本当は旅と称した気ままな人生。

風に吹かれてどこかの町に辿り着いたかと思えば、
暑い日差しの中、知らない町を歩き回ることもありました。

日によっては宿から出ることもなく、どこかの国から来た旅人と話をする。
そんな日が少なくもなかったと思います。

長い旅をすれば、必ず休む町が必要になります。
長く旅をするコツは、意図的に旅を休むことなんです。


変わらない生活


時には静かな環境で、時には好きな音楽をかけながら、
世界各国の様々な石を編んでいます。

そして、オカリナを持って旅をするようになってから数年。
変わることなく夜になると小さな田舎の町でオカリナを吹いています。

メキシコで生活をしていた時と何ら変わることのない今の生活。
変わったことといえば、日中に多少仕事っぽいことをやっているくらいです。

家に帰ると、好きな音楽をかけて石を編み
オカリナを吹きながら旅で出会った誰かを思い出す。

今のままの生活で十分旅の続きを楽しんでいる。
ただシンプルにそれだけです。

四季折々の自然の音が聞こえる北国の小さな町の夜。
メキシコのパレンケを思い出すかのような朝の鳥の声。

他の人からすると僕は旅に出ていないのかもしれません。
でも僕の中では今日も変わらず〝旅の続き〟を楽しんでいます。


旅人を眺めながら


名もなき石屋の近くを通る道路には、日本各地から多くの旅人ライダーがやってきます。
北海道の小さな田舎町がほんの少し、旅人ライダーで賑わう時期が夏の期間です。

夏の初めから少しずつ増えるライダーたちは、この町にどんな想いをのせるのか。
彼らの旅を眺めているだけで、ワクワクする僕はやっぱり旅が好きなのでしょう。

僕自身、今はもうあまりバイクには乗りません。
そんな中でも時より海外で出会うバイクで旅をする旅人たち。

彼らには彼らの旅感があって、僕とはまた違った旅をしていたのだと思います。
そんなことを思い出しながら、旅人ライダーを窓から眺めています。

そして、そんな彼らは冬の年末にバイクでこの町に戻ってきます。
初日の出を北海道の最北端、稚内で見るために、彼らはこの町に寄っていくのです。

バイクでの旅が本当に好きな人たちなのでしょう。
そんな彼らもまた、玄人の旅人です。


旅人と石について


長く旅をして感じるのは、旅人は装飾好きが多いと感じることです。
そしてまた、様々な土地を歩いてきた旅人は自らの手で装飾品を作り上げます。

僕のように石を編む旅人もいれば、
鳥の羽を使ってピアスなどを作る旅人もいます。

木の枝や木の葉を使ってオブジェを作る旅人、
色鮮やかな花々を使ってヘアアクセサリーを作る旅人。

旅人は自然の恵みから価値のあるものを創り上げます。
そして、それらのものはどこかの旅人の手に渡る時を待っているのです。

旅する石屋。名もなき石屋。旅人の石屋。
自分の店の名前をつける時に、この3つで悩みました。

僕の中では決まっていたものの、最終的に身近な人にも聞いてみました。
「名もなき石屋がしっくりくる」

答えは僕と全く同じ。
信頼できる誰かに最終確認をしたかったのだと思います。


旅にはもう出ないのか


そもそもが何を持って〝旅〟と定義するのか。
「旅=自由」という定義なら、すでに僕は旅の最中です。

ある程度の自由と、環境はすでに整っています。
それでは、自分自身の旅の定義は何だと思うのか。

旅とは孤独であれること。

少し格好つけた言い方かもしれませんが、やっぱり旅は孤独だと思います。

広くはない部屋の窓から差し込む、満月の月明かり。
外から聞こえる野犬の遠吠え。

どこかの町へバスで向かう途中、眺める窓の外と通り過ぎる知らない町々。
地元の人の喧騒をよそに、一人で食べる屋台の夕食。

そんな時に感じる孤独は僕にとって心地の良い時間なのかもしれません。
孤独が旅の定義なら、いつかまた旅に出ることもあるでしょう。

肩書きは旅人。そう答えるしかありませんでした。
なぜなら僕は人生の大半を旅で過ごしていたから。

でも旅に出なくなった今でも僕の肩書きは旅人だと思います。
だって僕は小さな町で孤独な夜を過ごしているから。

こんな人生もあっていいじゃないか。
そんなことを自分に言い聞かせて、今日もまた石を編みます。

なぜなら僕は石を編む旅人だから。

hassy